MUSASHI -GUN道-から何を読み解けるのか

この前、友人からMUSASHI -GUN道-というアニメを紹介されました。
なかなか、凄いアニメですね。友人曰く、ネットでも相当の酷評との事、う〜ん確かに画像も荒い上、動画を何度も使い回ししてる・・・。最近ではなかなか行われていない手法が使われていたアニメでした。初期のガンダムとかも、これに似た動画の使い回しをしてますね。でも、今なぜこのようなアニメが出てきたのだろう・・・。
そんな疑問を話しているうちに友人とちょっと議論を交わす事に。
私が一番初めに思った疑問は、なぜ今MUSASHI -GUN道-の様なレトロなアニメが出てきたのか、という点でした。京都アニメーションが送り出したAIR・涼宮ハルヒの憂鬱のように、さまざまな趣向を駆使して時代の最先端を切り開くアニメが登場する中で、GUN道を世に送り出したのか。その点がどうも気になってしかたなかったのです。
なんでかなぁ・・・と思って、MUSASHI -GUN道-をしばらく友人と見ていましたがやっぱり分からない。思うのは、画像をもっと綺麗にしてほしいとか、動きが単純すぎるとか、そういう批判ばかりでした。
そうやって何度か見ていたら、場面転換・場面説明が音声に頼り切ってないかもしれない。という事に気付きました。(私の勝手な妄想かもしれません・・・)全体を通して全て見た訳ではなくて、ネットで流れた一部分少しずつ見てるだけなのでまだなんとも云えないのですが、アニメの音声を消しても、場面場面で何をやっているのかがだいたい把握できるということです。
例えば、京都アニメーション涼宮ハルヒの憂鬱などを見た場合、音を消しても見続けられるのか。多分、見続けるのは困難でしょう。各キャラクターが何を言っているのかとか、あるいはストーリーの解説、そういうものがないとアニメ自体の構成が成り立たたない。現在のアニメは(無論このジャンル以外も)その殆どが音声による説明に頼り切っています。無音でアニメを見たら面白くない。これが現在のアニメの現状なのではないでしょうか。つまり、殆どのアニメが説明主義になってしまって、動画だけでなにかを表現するという趣向がすっぽり抜け落ちてしまっているのではないかと私は考えているのです。以前、初期の仮面ライダーを見たのですが、ここまで説明を省いていいのだろうか、と思うほどストーリーの説明、場面の説明がありませんでした。でも、画面を見ているだけで何をしているのか、何が起こっているのかが細かな説明がなくても分かります。(あくまでも私の感想です。)
そうした点から見ると、サイレントアニメとしてのMUSASHI -GUN道-を見ることができるのではないかと思うのです。

菅谷信行(プロデューサー)
「北米やヨーロッパのほうでも放送の予定があります。この『MUSASHI』なら、地上波を使っての放送と同じような成果を得られ、また、世界にも通用する作品になると思っております。」


GyaOのレビュー 
http://www.angelfire.com/crazy/musashi/ 発言集 より参考

なるほど、確かにMUSASHIなら内容をあまり理解されなくても、外国でも通用するかもしれない。動画だけ見て何しているのかがだいたい分かるのでストーリーそのものの細かな説明を多少省いたとしても分かるわけです。これが、他のアニメになると、ストーリーの説明、用語の解説、ストーリーの中で登場する概念などの説明等々、訳しても外国で通用するのかどうかは分かりません。
多分、外国にアニメを発信するなら、動画だけ見て分かりやすいアニメの方が受けは良いのだと思います。
無論、MUSASHIが外国で受け入れられるのかどうかは分からないですが。
ハルヒのような時代の最先端のアニメがどんどん切り開かれる中、その対極をいくようにMUSASHIの様なアニメが登場する意味・意義を考えたとき、何か現在のアニメ氾濫時代に問題を投げかけているのではないかという気がしてなりません。私はMUSASHIの制作陣がそういったメッセージを作品に込めている可能性があると考えているのです。
MUSASHIの様なアニメは、アニメ自体の荒などが全体的に目立ってしまって、そういうところばかりが批判されがちです。私もそうでした・・・。でも、ちょっとだけアニメを視るという視点を変ただけで作者からのメッセージが浮かび上がってくるのではないでしょうか。
そういったところにも、もっと注目していくべきでしょう。